広島高等裁判所 昭和24年(う)790号 判決 1950年7月08日
控訴人 被告人 黄鎭秀
弁護人 本間大吉
検察官 津秋午郎関与
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役壱年に処する。
門司税関大蔵事務官差押にかかる船舶(生必丸)一隻及び押収にかかるフイルム四十本(証第十四号)は孰れもこれを没収する。
原審における訴訟費用は全部被告人及び原審相被告人高鳳休の連帯負担とする。
理由
被告人の弁護人本間大吉の控訴の趣意は末尾添附の控訴趣意書記載のとおりである。
控訴趣意第一点の一について。
原判決が原判示事実を認定するために援用した上野正典、小方義人の各尋問調書を調べて見ると、伝聞に係る部分の記載があるので原審が右調書を証拠に援用するには伝聞部分を排除すべきであるのに拘らずその処置を採らないでその儘これを証拠に援用したのは違法であること所論のとおりであるが、右各尋問調書の記載中伝聞の部分を除くその余の記載と、原判決が援用したその余の証拠とを綜合すれば優に判示事実を認定することができるので、右違法は判決に影響を及ぼさないので所論は採用の限でない。
同上の二について。
原審公判調書を見ると、原審は昭和二十四年九月二十九日の被告人に対する関税法違反被告事件の公判期日において右事件を原審相被告人高鳳休に対する関税法違反被告事件に併合審理をする旨決定したのに拘らず原審相被告人高鳳休が在廷しないのに引き続き直ちに証拠調に入り検察官の請求に係る書証の取調をし、又検証並に検証現場における証人尋問を採用する旨の決定をしたのは訴訟手続上違法であることは所論のとおりであるが、同年同月十四日の原審相被告人高鳳休の公判調書を見ると右書証は既に同日の原審相被告人高鳳休の公判廷において書証として提出せられ、全部その証拠調がなされ又同日検証並に現場における証人尋問を採用する旨の決定がなされたことが認められ、しかもその後は右両被告人の併合審理が適法になされたことは本件記録に徴し明らかであるので、前記訴訟手続の違法は判決に影響を及ぼさないので、所論は採用の限でない。
同上第二点について。
しかしながら、原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判示事実を認定することができる。
所論(一)については証人打田通時の尋問調書の記載によれば、本件生必丸はその性能燃料等において朝鮮に渡航するに堪え得られる能力のあることが認められ、所論(二)海図を関係者が所持していなかつた事実については確証はなく、たとえ本件検挙当時海図が見当らなかつたとしても本件犯行を認定する妨げになるものではなく、所論(四)は原審の採用しない証拠について原審判決の事実認定を非難するものであつて採用の限でない。原判決には所論のような事実誤認の違法はたい。論旨は理由がない。
同上第三点について。
原審は関税法違反罪の共同正犯にあたる事実を認定し関税法第七十六条第一項を適用したのみで刑法第六十条の適用を遺脱したことは所論のとおりであるが、その違法は判決に影響を及ぼさないから所論は採用の限でない。
同上第四点について。
よつて記録を査閲し、被告人の年令、性格、境遇、本件犯罪の軽重及び犯罪後の情況等諸般の事情を綜合して検討すると原審が被告人に対し懲役一年六月を科したのは刑の量定が重きに失すると認められるので原判決は破棄を免れない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条第四百条但書に従い原判決を破棄し、被告事件について更に判決をする。原判決認定の事実に法律を適用すると、被告人の判示所為は関税法第七十六条第一項刑法第六十条に該当するので、その所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役壱年に処し、主文掲記の物件中船舶は本件犯罪行為の用に供し、フイルム四十本(証第十四号)は本件犯罪に係る貨物であつて右船舶は被告人の所有に係りフイルムは原審相被告人高鳳休の占有に係るものであるから、関税法第八十三条第一項に従い、孰れもこれを没収し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八十二条に従い、全部被告人及び原審相被告人高鳳休をしてこれを負担させることとし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 三瀬忠俊 判事 和田邦康 判事 小竹正)
控訴趣意書
第一、原審判決には明らかに判決に影響を及ぼすべき法令の違反がある。
一、原審判決は事実認定の証拠として証人上野正典、小方義人に対する各訊問調書を引用しているのであるが該訊問調書中には伝聞証言が記載せられて居る(記録第一二二丁裏第一三三丁乃至第一三四丁)而して伝聞証言は証拠となすべからざることは法の明定するところであるからして右証言を証拠に採用した原審判決は法令に違反したものと謂うべく且その伝聞証言が有罪認定の資料となつて居るのであるから判決に影響を及ぼすことは明らかである。
二、原審裁判所は昭和二十四年九月二十九日の公判に於て黄鎭秀に対する関税法違反被告事件と被告人高鳳休に対する第五四号関税法違反被告事件とを併合審理する旨決定したに拘らず該公判に於ては被告人高鳳休を除外して独り被告人黄鎭秀に対してのみ審理を為した違法がある。而してこの違法は共犯者高に対し防禦の機会を失わしめた点並に違法の手続によりなされた証拠調による証拠を有罪認定の証拠に引用している点に於て判決に影響を及ぼすことは明らかである。(昭和二四年特公六三号公判調書、判決書)
第二、原審判決には明らかに判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある。
原審判決は被告人等が共謀の上生必丸に貨物を積載して山口県深川湾から朝鮮に向け出航しようとし、密輸出を図つたものと認定しているのであるが、左記証拠により密輸出を図つた事実はないものと思料する。
一、被告人等が生必丸に貨物を積載して山口県深川湾から朝鮮に向け航海するのであれば先ず第一に生必丸の機能船員の技能積載の食糧燃料等が渡鮮に耐え得られることが前提条件であるがその孰れもが渡鮮に堪え得られぬ状況である。(第三回公判調書中宮家証人の証言、第四回公判調書中李証人の証言及び被告人高の供述金判玉に対する証人訊問調書)
二、朝鮮に渡航するのであれば海図を必要とするのであるが一件記録に徴し生必丸に海図の備付あつた事跡はなく又機関士李天宇もそれを見て居ない。(第四回公判調書中李証人の証言)
三、原審判決の認定によれば被告人等は山口県深川湾田屋海岸にあつた貨物を生必丸に積載して密輸出を図つたものであるとされて居るのであるが一件記録に徴しても明白の通り該貨物は現実に生必丸に積載せられて居た訳ではなく海岸に存置せられて居たのであり而かもその貨物と被告人生必丸との直接繋りはないのであるから、右認定は単なる推測に基ずいたものと謂わなければならない。(金判玉、上野正典に対する証人訊問調書参照)
四、生必丸は下関より萩に向け航行中船体の調子が悪るい為に仙崎(深川湾)に早航致したのであり、朝鮮に向け出航の為同所に寄港致したものではない。(第四回公判調書中李証人の証言金判玉に対する証人訊問調書)
第三、原審判決には理由にくいちがいがある。
原審判決はその事実摘示に於て本件関税法違反事実は被告人外数名が共謀して犯したものであると認定しているに拘らず、その法律適用に於て共犯の適条を引用してないのであつて事実と適条の間にくいちがいがある。
第四、原審判決は刑の量定重きに失し不当である。
被告人は食糧管理法違反の前科一犯あるのみで是れ迄同種前科なきは勿論密輸出を企てた事跡はない。(第四回公判調書中の被告人供述)
二、事案は密輸出を図つたと云うにあり現実に密輸出を完了した案件ではないので、具体的危険並被害はない。(判決書並一件記録)
三、被告人の共犯者高が懲役十月であるのに比し被告人が懲役一年六月に処せられなければならぬ合理的理由はなく刑罰権衡を失している。
四、被告人家庭は十人家族で被告人長男道正は帝国大学在学中であり元来真面目の家庭であり生活態度が真摯である。(検察官に対する被告人の第一回供述調書)
以上の事由により原判決を破棄し事件を原裁判所に差し戻すとの判決を賜り度いと存じ控訴に及んだ次第であります。